さびしさの方程式

Equation of loneliness

Category :  まじめな話
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大学で「久留米学」という授業を取っているのだけれども、先週と昨日の二回に分けて、邪馬台国論争について学んだのだが、 その講師の方の説が非常に面白かった。
詳しく書くと長くなるので、少し省略して書くが、その方の説では、倭国大乱が起こったのは筑後であり、在来倭人と除福一派、 そして朝鮮半島から渡ってきた帰化倭人の三つ巴戦であり、これが十数年に及び、生殖能力のある男性が死に絶えてしまったため、 女王卑弥呼を立てたこと。
また卑弥呼とは女王の名前ではなく、役職であるということ。
古代倭語が現在の韓国語(朝鮮語)に残っていて、高良山の名前は韓国の高霊山から来ていて、耳納山地は水生から来て、 恐らく帰化倭人たちが住んでいた所の山を水生(みのう)と呼んでいて、そこと区別するために耳納山地を「雲の水生」と呼んだこと。この「雲の」 を韓国語読みすると「kurume」となり、それが久留米の語源であるということ。
高天原は集天原であり、古代倭語読みをすれば「たか・あまん・ばる」すなわち、原が沢山集っている場所(だったと思う)、 筑後で原という地名が100箇所以上ある場所は浮羽(現在のうきは市)であり、そこから高天原=浮羽となるわけである。
また、魏志倭人伝に書かれている邪馬臺国、後漢書に書かれている邪馬壹国は、書いた人間の聞き間違いであり、倭国はそんな名前ではなかった。 「邪馬臺国」は倭国からの使者が、宦官に「女王はどこにいるか」と聞かれた際、「山たい(九州弁の「~たい」)」 と答えたためそれを聞き間違って史書に「邪馬臺国」と書いてしまった、また「邪馬壹国」は宦官に「邪馬臺国」 のことを聞かれた際使者が邪馬臺国を理解できなかったため、女王の居場所を「山ん上(上は筑後弁でうい)」と答えそれを宦官が聞き間違えて 「邪馬壹国(壹は中国語読みでyi)」と記してしまったためだと考えられる。
そして結論として、この山とは耳納山地であり、女王卑弥呼がいたのは耳納山地である。すなわち、 邪馬台国と呼ばれた国は耳納山地にあったということが導き出されるわけである。

かなり省略して書いたが、授業の内容は大体こんなものであった。
多分、この考えで行けば、九州王朝説(古代、日本にあり、畿内を勢力とする大和国、九州を勢力とする九州倭国があり、 九州倭国が大和国に滅ぼされたとする説)に繋がっていくのだろう。
高校まででは絶対に聞けないような所謂「とんでも歴史」でも、現在まで解明されていない日本古代史の何かヒントになっているのかかもしれない。
そこから将来、歴史が解明されても不思議では無いし、人はそこにロマンを覚える。
歴史は人間が生きてきた歴史であり、まるで物語のよう。
だからこそ歴史は面白い。

そういえば鯨統一郎氏の小説「邪馬台国はどこですか?」では邪馬台国東北説が書かれているのだが、これも面白くてオススメである。

オンライン書店ビーケーワン:邪馬台国はどこですか?



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